Blessing Garden

宇宙波動調整士、富士山麓から今ここの変化を書いています

スピリチュアルというあり方に、思うこと

本音で書いちゃうぞシリーズ。そんなシリーズあったかしら?と思いつつ、最近のスピ界隈やその情報量について。

と言っても、誰がどうだという話ではなく、あくまで私が感じたこと。物事は見方によって、見えてくるものが違うので「そんなものかな」と思って、読んでいただければと思います。

 

自分でもここでスピ話を書いていますし、いい悪いではないのですが、いろいろな動きを見ていると、見方を変えるとスピリチュアルな活動も、カルトに見えちゃうよなあと。

実際、わたしが昔活動していたスピリチュアルな集団は、ちょっとそんな面がありましたし、スピリチュアルハラスメントが横行していたと、今冷静に考えて思います。

 

歴史を考えてみると、仏教やキリスト教なども日本に入ってきたときは新興宗教だったでしょうし、国の宗教にするかしないかで、けっこうなことも起こりましたので、今のスピな流れも、そのうち当たり前になるのかなと思ったり。

 

 

わたしはがっつりチャネリングしますし、基本、エネルギーは宇宙の高次元にリンクしているので(って書くのもどうかよね)、あまり地上に意識が向かないのですが、

だからこそ、スピリチュアルとはカルト的な要素を生み出しやすい面があると、思ったりします。

 

わたし自身がセッションなどをやめたのも、そういった要因もあったりします。わたしのあり方の質として、二元論的なフィールドに陥りやすいというのもあって。

つまり「これをやらないと、不幸になるぞー」的なやつね。言いたくなっちゃうのよ。今はそれを手放しているけれど、降ろす(共鳴する)エネルギーによっては、そんなのも来るのでね。

 

 

このブログは、わたしが体験で得たものをシェアして、必要な人が通りかかって、必要な情報だけ持って行ってくれたらOK、そういうスタンスで書いています。

マルシェなどで手作りのディスプレイがあるじゃない?あんな感じでお店を開いて、品物を並べて、必要なものは持って持っていってね。そんな感じです。

このスタイルは、わたし自身も暴走しないで楽ですし、通りかかる人の自由意志がちゃんとあるので、わりと気に入っています。

 

 

とはいえ、このところのスピリチュアルな情報の量、内容などを見ていると、わたしも自分のスタンスをモニタリングしながら、できるかぎり善きものを出していこうと、改めて思います。

なんて今さっき、ビビビッと感じたので書いてみました。